「SNSが使えない」だけでは終わらなかった出来事
ネパールでSNSの利用をめぐる大きな動きが起きたことをきっかけに、「SNSを止めた若者が、大規模抗議に動いた」という出来事が注目されました。
一見すると、SNSを使えなくなったことが直接の原因に見えます。しかし、本当にそれだけで、人は大きく動くのでしょうか。
今回考えたいのは、SNS禁止の是非を一言で決めることではありません。大きな出来事が起きたとき、その直前までに何が積み重なっていたのかを見ることです。
最後の出来事だけを原因にしない
人は、最後に起きた出来事を「原因」と考えがちです。
たとえば、ある日突然仕事を辞めた人がいたとします。周囲は「その日に何かあったのだろう」と考えます。しかし本人の中では、何週間も、何か月も前から、小さな不満や違和感が積み重なっていたのかもしれません。
最後の出来事は、原因というより、積み重なったものが表に出るきっかけです。
ネパールの件についても、SNSの利用制限という一つの出来事だけを見るのではなく、そこに至るまでに、人々が社会や政治にどんな感覚を抱いていたのかを考える必要があります。背景には、汚職などへの長年の不満が蓄積していたという分析も紹介されています。
もちろん、手元の情報だけで社会全体の原因を断定することはできません。ただ、「SNS禁止があったから、すべてが起きた」と単純化すると、見えなくなるものがあります。
小さな違和感は、無視すると大きくなる
個人の人生でも、同じことが起こります。
「この仕事は本当に自分の人生なのか」「この人間関係はこのままでいいのか」「毎日が忙しいのに、なぜ満たされないのか」。
こうした違和感は、最初は小さなものです。忙しさを理由に後回しにできますし、「誰でも我慢している」と自分に言い聞かせることもできます。
しかし、違和感を見ないままにすると、それは消えるとは限りません。言葉にならないまま積み重なり、ある出来事を境に、急に大きな決断や衝突として表に出ることがあります。
ニュースを読むときも、自分を振り返るときも、目立つ一場面だけで判断しないことが大切です。表面に現れた変化の下に、どんな気持ちや選択が重なっていたのかをたどると、次に取るべき行動が見えやすくなります。
だからこそ、爆発してから原因を探すのではなく、爆発する前に小さな違和感を見ることが大切です。
スイートスポットは、違和感の中にもある
スイートスポットとは、才能、情熱、価値観の3つが重なる場所です。
自分が何に反応するのかを丁寧に見ると、その人が大切にしている価値観が見えてきます。強く腹が立つこと、なぜか気になって仕方がないこと、他の人は流しているのに自分だけが引っかかること。
それらは単なる気分ではなく、自分の中にある価値観から生まれている可能性があります。
違和感を無理に消すのではなく、「なぜ自分はこれに反応したのか」と問い直してみる。そこから、自分が何を大切にして生きたいのか、どんなものを残したいのかを考えるきっかけが生まれます。
今日からできる3つの問い
まず、最近気になったニュースや出来事を一つ選び、「最後に起きたことの前には、何が積み重なっていたのか」と考えてみてください。
次に、自分の生活の中で繰り返し感じる小さな違和感を、三つ書き出します。すぐに解決しなくても構いません。見える形にするだけで、感情と事実を分けて考えやすくなります。
最後に、「この違和感の裏側で、自分は何を大切にしているのか」と問いかけます。
大きな出来事は、突然生まれるとは限りません。個人の人生でも、社会の変化でも、その前には小さなサインが現れています。
「最後の出来事だけが原因ではない」。この視点を持つと、ニュースの見方も、自分の人生の見方も変わります。
あなたが最近感じた、小さな違和感は何でしょうか。














