【人生が変わる26分】10月の自殺者数 4割増 2,153人 コロナ禍、絶望時代を生き抜く思考法

  • コロナでお先真っ暗だ、死にたいと思っている人
  • 今は死にたいとは思っていないけれども希望もない、いつ自殺してもおかしくないなという人
  • 毎日希望を持って生きていきたいという人

人生は変えられる、石井貴士です.。

今回は10月に自殺者が4割増、コロナでも死ぬな!

石井貴士の自殺志願者時代を告白というテーマでお届けしていきます。

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この動画を観ることであなたが得られる未来、それは自殺したい!と思っても思いとどまることができ、さらには明るい未来が描けるという未来です。

2020年10月の全国の自殺者数は2,153人で前年の同じ時期に比べ39.9%増加したことが、警察庁の調べで分かりました。

10月には自殺者が去年に比べて、4割増えたという報道があったんです。

コロナで亡くなった方は、11月26日時点で累計で2,064人です。

コロナで亡くなった方よりも、10月の1ヶ月に自ら死を選んだ方の方が多かった
ということなんです。

コロナ対策ということで、感染への対策というのは行われていると思うんですけれども、心のケア・メンタルケアをしているという人は、少ないと思うんです。

なので、今回の動画では、どうやったら自殺を選ばなくなるか、絶望の時代にどうやって希望を持つか、僕自身、自殺志願者だったという時代が5年間、正直のところあります。

毎日毎日、死にたい!と思って生きてきました。

その時にどうやって乗り越えてきたのか、という実体験お話しますので是非、最後までこの動画ご覧ください。

まずは結論からいきましょう。

人生を変える3つのポイント

①絶望するから死を選ぶ希望の光さえあれば人は死なない

②石井が死のうと思った瞬間は3回あった、死ぬエネルギーを生きるエネルギーに変えた考え方とは

③石井が自殺志願者時代だった5年間について話します。
発作的に死にたいではなくて、毎日、死にたいと思っていた時代は、スイートスポット理論で乗り越えることができたという話をします。

この動画は、どんな人にとって有益なのかと言うと、コロナでお先真っ暗だ、死にたいと思っている人、今は死にたいとは思っていないけれども希望もない、いつ自殺してもおかしくないなという人、毎日希望を持って生きていきたいという人です。
なぜなら今、コロナで、先行きが不安だと言う人や先行き下り坂しか見えないぞ!と
そういった方が多いからです。

確かにコロナという事象自体は起きています。

でも、絶望するのは間違っていると思うんです。

どうせ絶望するんだったら、もっと後で絶望してくれと思います。

感染症が来る、地震が来る、不況が来る、戦争が来るでワンセットだと思っています。

まだ最初の感染症しか起きていないんですよ。

どうせ絶望するんだったら、最後の戦争が起きる、ここで絶望してくれればいいじゃないですか。

絶望のフェーズがあるとすると、フェーズ1、フェーズ2、フェーズ3、フェーズ4とあってまだフェーズ1しか来ていないという状態なんです。

どうせ絶望するなら、フェーズ4 戦争だとなった時に絶望していただきたい。
なのですが戦争になるともう絶望する出来事が出尽くしている、という状態になるので死にたい!という気持ちよりも生きたい!という気持ちが大きくなってくると思うんです。

戦争なので、絶望して死にたいです。そんな人がいたらちょっと待って、じゃ僕の代わりに戦地に行ってよという話になるだけです。

いやいや、それは勘弁してくれって言う人いると思うんですが、ちょっと待ってくれ、死にたいって言ったよね?だったら戦地に行ってくれない?それが一番お国のためにもなるし、あなたのためにもなるじゃないですか。だって死にたいんでしょ?というふうに言われたらいやいや、それはヤダ!ちょっと待って、それはヤダって生きたいってことじゃん。
ということになりますよね。

全体像から考えて今、絶望すべきなのかと言うと、まだ絶望すべき時じゃありません。

もっと後から絶望しようと思って、絶望を先延ばしにしてください。

そうしたら結局戦争も起きなくて、80歳、90歳、100歳まで、生きちゃうかもしれないじゃないですか。絶望を先延ばしにして、自殺も先延ばしにしたら、いつのまにか寿命が来てしまう。

こう考えていくと、生きる希望というのが見えてくるんじゃないかなと思います。

今回なぜ、この動画を撮ろうと思ったのかと言うと、コロナで亡くなった累計の人数よりも10月の1ヶ月で自殺で亡くなった方の方が多くなったからです。

コロナで亡くなる方よりも、コロナで絶望して亡くなる方の方が多いということなんです。

僕自身、何度も死にたい!と思ってそれを乗り越えてきました。

石井さんて、苦労したことなさそうですよね、と言う人がたまにいます。

おいおい!何を言ってるんだ!こんなに苦労してるやつはいないぞ!と絶望につぐ絶望それを乗り越えてなんとか生きているのか僕です。

なので今回は、僕の死にたかった時の話もする、という動画になっています。

あまりこういう話はしたことがないので、是非、最後までこの動画ご覧ください。

では、人生を変える3つのポイント、具体的に一つ一つ見ていきましょう。

①絶望するから死を選ぶ 希望の光さえあれば人は死なないということです

10月の全国の自殺者数は2,153人、前年の同じ時期に比べて39.9%増加した、ということが警察庁の調べで分かりました。

1ヶ月の死者が2,000人を超えるのは、2018年3月の2,005人以来だということです。

都道府県別では、東京都が255人で最多ついで埼玉の151人、神奈川の148人ということで首都圏の方が、自分で死を選ぶという傾向があるということです。

芸能人の方でもコロナの影響もあって、自殺をしてしまうという方が現れました。

それを見て自分も影響されてしまった、という方もいらっしゃるのかもしれません。

では、なぜ人は、自ら死を選ぶのか。

それは絶望するからだ、というのが答えです。

この先、生きていても何もいいことはない、そう思ったら死んだ方がマシだというふうになるわけです。

絶望の反対の言葉は何か。

それは希望です。

希望がゼロになった状態、これならば生きていても仕方がないということで、死を選ぶというふうになっていくわけなんです。

もちろん例外もありますよ。

作家の三島由紀夫さんのように体を鍛えまくって、最高の体にしてから死ぬぞ!とか
そういう例外の方もいらっしゃるんですけれども今の時代、大抵は絶望から死を選ぶというものです。

逆に考えてください。

希望の光さえ見えていたら、人は死なないということなんです。

借金1000万円だ、もう死のうという人がいても、来月の入金が2千万円あるっていうふうにわかったら、死ぬでしょうか?

それだったら死にません。希望があるからです。

恋人に振られた、死のう!と思っても、ちょっと待って来月ね、ジャニーズアイドルと合コンがあるんだけど来る?っていうふうに言われたら、ちょっと待って、どうせ死ぬなら来月でもいいかな?というふうになるはずです。

つまり希望があれば人は生きられるんです。希望がなくなったら絶望する、あなたも今後の人生絶望することいっぱいあるでしょう。

では絶望した瞬間に、それが希望に変わる。そんなマインドを持っていたらどうでしょうか。

そうしたら一生自殺をしなくなる、ということになります。

今回の動画は絶望した瞬間に、一瞬でそれを希望にすり替えるというやり方をご紹介していきます。

僕は、死にたい!死にたい!と思っていた時代があります。

それがアナウンサー時代の5年間です。5年間も毎日、死のう死のうと思って生きていたんですよ。

この期間に編み出した、死なないための考え方、今回はご紹介していきたいと思います。

②石井が死のうと思った瞬間は3回あった、死ぬエネルギーを生きるエネルギーに変えた考え方とはという話をしていきます

僕は、死にたい死にたいと思って生きていた5年間があります。

それがアナウンサー時代です。

23歳から28歳までの5年間、死にたいと思わなかった日ってなかったんじゃないかな。
というぐらいに、毎日毎日、死にたいと思って生きていました。
朝起きて生きててすみませんと言って謝罪から目が覚める。

これが5年間ですよ。

会社に行きたくないんですけど、と言って病院に行ったこともあります。そしたら石井さん、それは、うつ状態ですね、というふうに言われました。

ものすごくショックでした。

テレビの前では明るいアナウンサー、というふうに呼ばれていたのに病院に行ったら
鬱という診断を受けた
わけです。

もちろんね、重度の鬱ではなくて、鬱になりかけていますよとかそういう言い方をされたんですけど、お医者さんから診断されるってもう本当に追い込まれているんだなと思いました。

僕はただ、普通の人間だ、ただ毎日死にたいと思っているだけの普通の人間だと思っていたんですけど、ちょっと待ってください、毎日、死にたいと思っているだけで、それは普通の人間ではないということです。

完全に今考えれば、麻痺していたんだと思います。
で、僕の人生を振り返ってその時以外に死にたいと思ったことが、3回あったのでそこでどうやって考え方を改めて行ったのか、生きるエネルギーに変えていったのかという話をしていきます。

まず人生で、最初に僕が死にたいと思ったのは、高校一年の時です。

好きな女の子に振られたからです。大好きな女の子に振られた、もう生きていても意味がない、死のうと思ったんです。

高校生なら誰しもそういう話あると思うんですが、僕も本当にその時は、もう命を絶とうと思いました。

そこでちょっと待てと自分で思ったんですね、この悲しみを数値化してみよう、置換えてみようと思ったんです。

この数値化して置き換える、めちゃめちゃ大切な考え方です。

僕を振ったこの女の子は、他の美女何人分に匹敵するんだろうと、そう思ったらこの女性は美女100人分に匹敵すると、そう思ったんです。

ちょっと待て!ということはだ、僕はこれから美女100人を彼女にすればいい、それで済むんじゃないか、というふうに思ったんです。

逆に言うと、彼女を100人作らないとこの悲しみは一生癒えないと、そう思ったわけです。

そして僕、誓いました。

そうだ!彼女を100人作ろう!と、彼女を100人作るまでは死ねない、そう思って振られた瞬間、ま、瞬間じゃなかったですけど数日、1週間ぐらい落ち込みましたけど、その後に彼女を100人作る!という目標に変えたんです。

そこで彼女を作るためには、モテる大学である慶応大学に行くしかないなというふうに思ったんです。

そして勉強しよう!と思って、勉強へのエネルギーへと変えていったわけですね。

それ以来、僕が考えたことは何か、死にたい!と思った瞬間に、いや、彼女を100人作るまでは死ねない、そう思うようにしたんです。

そしてまた死にたい!と思ったのは大学1年の時です。

慶応大学に行ったにも関わらず、大好きになった女の子、東海大学のゆりちゃんという女の子がいたんですが、そのゆりちゃんに振られたというのが原因です。

もう絶対に慶應に入ったんだから、この可愛い女の子と付き合いたい、もうこの可愛い女の子と付き合えなければ死ぬ!と思ってました。

そして実際に振られたので、死のう!と思ったんですね。

で、このゆりちゃんに振られた理由、他の動画でも話しているんですが、だって貴士君て世界史の話しかしないんだもんって言って振られたんですよ。

ちょっと待ってくれ、ピョートル大帝の南下政策になぜ興味がないんだ!とそんなものに興味があるはずがないじゃないかと呆れられまして、勉強しかしてこなかった僕が振られたということなんです。

そして絶望して死のう!と思った瞬間に思ったんです。
 
ちょっと待て!と。

まだ俺は彼女を100人作ってないぞ!と。

このゆりちゃん、美女何人分に相当するんだ!と。

美女100人分に相当するじゃないか、ということはさらに彼女を100人作らなければ俺は死ねないんだ!という事に変わったわけです。

そしてちょっと言い忘れたんですけど、その前に絶望して死にたい!と思ったことがあって、それは東大に落ちたという時です。

1日12時間から14時間勉強して、女の子と一言も口を利かないで1年間勉強をして、
それでも東大に落ちたんです。

合格発表を見に行って帰りの電車の駅のホーム、白線の内側に下がって、お待ちくださいという車掌さんのアナウンスに嫌だ!俺はその中に飛び込む!というふうに思った瞬間に僕の心の中で変換が起こったんです。

ちょっと待て!と。

死ぬ前に、まだ俺は彼女を作ってないぞ!と。

これは東大に落ちて慶應に行って、彼女を100人作れという神のお告げだと。そうだ彼女を100人作ろう!ということで、僕は死を思いとどまったんです。

3回絶望して、死のうと思ったって言いましたけど、もう1回死のうと思ったタイミングがあるの今、思い出しました。

4回あったんだな。

うん。

最後に死のうと思ったのは、アナウンサーの入社2年目の時で結婚しようと思っていた彼女に、振られたんです。

僕の親にも会わせていて、結納の日取りをどうしようかということまで話し合っていた段階です。

この時は本当にショックで、もう死のうと思いました。

自分が好きになった女性を幸せにする機会が得られない、ならば生きていてもしょうがないじゃないか、というふうに思ったんです。

でも死ぬ前にちょっと待て!と死ぬ前に死ぬことを思いとどまらせてくれる、そんな本があるかもしれないというふうに思って、書店に行ったんです。

もし僕が、死ぬを思いとどまらせてくれるそんな本があったら、俺は死なないぞ!と思って書店に行ったんです。

そこで目に飛び込んできたのが、「不器用な人ほど成功する」という中谷彰宏先生の本だったんですね。

不器用な人ほど成功できる。

そんなわけないじゃないかと思って、その本を手に取ったらちょっと待て、石井貴士 大成功できるんじゃないかと思ったんです。

どん底の経験があればあるほど成功できる、みたいに書いてあってどん底の経験の数なら負けないぞ、と思ったんです。

こんなに不幸ばかりでいいことが全くないんだから、僕は成功するために生まれてきたんだというふうにその時思えたんですね。

そして中谷先生の本を500冊以上買って、毎日その本を読むぞ!というエネルギーに変えたんです。

死なないためには、中谷先生の本を読み続けるしかない。中谷先生の本を全部読み終わるまでは、死ねないと思ったら中谷先生がなんとですね、年間50冊ずつ本を出すので延々と読んでも読んでも追いつかなくて、僕は死ねなくなったということなんです。

これが僕が死のうと思った3回+1回です。

そんな中継続的にアナウンサー時代の5年間は、毎日毎日、死にたいというふうに思っていたので、その時代の話をしていきます。

③石井が自殺志願者時代だった5年間について話します。

発作的に死にたいではなくて毎日、死にたいと思っていた時代はスイートスポット理論で乗り越えることができた、ということなんです。

アナウンサー時代の5年間、僕はいわゆる自殺志願者だったと思っています。

僕は、人と話したことがないのに、アナウンサーになったんです。逸見政孝さんに憧れて、多くの人を勇気づけたいと思って、アナウンサーになりました。

アナウンサー試験350人受けて、僕一人が内定でした。
とは言え、作文と筆記試験があったから僕は合格できたというだけで、しゃべりが上手かったから合格した、というわけではありません。

人と話したことがなかった、人と話せなかった人が、アナウンサーになったんです。

入社して1日目に僕はもうアナウンサー辞めようと思いました。

理由は先輩のアナウンサーが上手すぎたからです。一生勝てないと思いました。

サッカーにはゴールデンエイジっていう考え方があって、14歳までにサッカーをやっていた人がその後も成功するというふうに言われています。

これはしゃべりにおいても当てはまるんじゃないかと、僕は中学以降、人と話したこともなければ友達も作りませんでした。

テレビも見たことがありませんし、ラジオも聴いたことがありません。芸能人の名前も知りません。

こんな人が、プロのアナウンサーになってしまったんです。

先輩のアナウンサーっていうのは、子供の頃から人気者だったりコミュニケーションが上手かったり、人間と話し続けている人生を送っているわけです。
にも関わらず、僕は人と話していなかった人生を送ってきたんです。

もうこれは、僕には勝てない世界なんだな、というふうに直感的に悟っちゃったんです。

例えて言うなら、ドラゴンボールでフリーザを見た瞬間にクリリンが、あ、勝てないなと思ったのと同じ感覚だと思います。

地球人はフリーザに勝てない、そんな感覚です。当たり前なんですけど、皆さん、テレビを観て育ってきてるわけですよね。

僕は、大学時代に和田アキ子を知らないということで、馬鹿にされたことがある男です。

Mr.Childrenって何で子供なのに歌上手いの?と言ってバカにされました。

そんな中、僕アナウンサー時代に担当したのが、音楽番組ですよ。

僕に音楽番組ですよ。

B’zって何かちっちゃい丸いやつですか?って聞いたら、なんか歌手の名前だったらしくてめちゃめちゃひんしゅくを買いました。

次はこの曲行ってみよう!モーニングっこのLOVEマシーン!って言って、めちゃめちゃ怒られました。

モーニングっこじゃなくてモーニング娘。だ!と。
そんなこと言われたってさ、テレビ観たことないんだって知らないに決まってるじゃないですか。

そんな僕が音楽番組を担当するなんて、プロのアナウンサーとしての基礎知識がなさすぎるんですよ。

イベントで1,000人の人を前に話してくださいって、マイク渡されてもアウ、アウ、アウってなるに決まってるじゃないですか。

だってプロだからといって、上手い人ばかりじゃないんです。

僕みたいに、しゃべったことがないのにプロになっちゃったという、まかり間違っちゃった人も世の中にはいるって事なんです。

僕が緊張して、アウアウアウ〜って言ってたらどうしたの石井アナ、体調悪いの?と言われたことがあります。

体調はバッチリなんです。

人前でしゃべれない、それだけなんですよ。

以前2,000人ぐらい入るホールで、司会をしたことがあって、その時に僕があまりにもとちりすぎて、暴動が起きそうになったことがあります。

おい、石井、この雰囲気やばいぞ!お前裏口から逃げろ!というふうに言われてイベントが終わった瞬間逃げた、という経験があります。

プロのアナウンサーなのに、しゃべれないって、あり得ないですよ。

歯医者さんなんですけど、歯に詳しくないんですっていう歯医者さんいたら困りますよね?

工事現場でドリルで穴を掘るのに、すいません、ドリル使えないんですっていう人いませんよね?

そんな中、僕はプロのアナウンサーなんですけど、しゃべれないんですよね!っていう、そういう人だったんですよ。

地獄の5年間です。

よくテレビに出られていいですね、っていう人いたんですけど、テレビに出るの本当に地獄のような思いでした。

そんな中、ラジオは、あんまり緊張しなかったんですよね、目の前に人がいないんで、ブースの中で一人でしゃべってればいいとか、そういう機会が多かったのでラジオは結構いけたと思ってます。

僕は、ずっと受験勉強ばかりをしていて人と接することがなかった。
という時代を送ってきました。

にも関わらず、人と接することがメインの職業に就いてしまったわけです。

本当にこれ地獄です。

毎日毎日、死にたい死にたい、今日もテレビに出なきゃいけないのか、もう死にたいよ・・・と思いながら、生きてきた5年間だったんです。

僕が生きているというだけで、周りのスタッフにも、迷惑がかかります。

下手なアナウンサーがいるわけですから、その分、編集の時間も伸びてしまったりとか、編集の方にもとても迷惑をかけました。

朝起きて生きててすいません!と言って起きる日々が続いていました。

毎日毎日が当たり前のように絶望だったので、毎日、死にたいと思うことに慣れていたという5年間でもあります。

そんな僕を救ってくれたのは何だったか、それがスイートスポット理論だったんです。

入社4年目のある日、原宿の竹下通りを歩いてたんです。

そうしたら、占い館ていう看板が見えて、占いかよ! バッカだな〜!占いなんて女子校生かよっぽど心が病んでるやつしか行かないんだよなぁ、と思って歩いていたら足が止まったんです。

ちょっと待って!よっぽど心が病んでるやつって俺のこと?半径5m、半径10m、半径10kmいや、そこまで行っても、僕が一番病んでいる男だ!ということは、占い館て僕のためにあるんじゃないの?と思って、その占い館に入っていたんですね。

そうしたら偶然にも、その占い師さんが、めちゃめちゃ当たる超凄腕の占い師さんで20代にして宇宙の真理に到達していた、という方だったんです。

その方が時空とチャネリングをして、人はどうすれば成功するのかという答えもすでに取ってきていたんです。

人は生まれつき3つのスイートスポットと呼ばれる職業を持って生まれてくる。

その3つの職業をやれば成功するけれども、その3つの職業やらなければ成功しない、それがスイートスポット理論ですと言われたんです。

テニスのラケットのスイートスポットと同じで、そこに当たれば飛ぶけれども、そこ以外に当たっても飛ばないですよね、ボールは。

明石家さんまさんは、お笑いだったから成功したけれども、サラリーマンだったら成功したのか、囲碁だったら成功したのか、プロ野球選手だったら成功したのかというとそうじゃなかったと思います。

イチロー選手は野球だったから成功したけれども、サッカーだったら?ラグビーだったら?テニスだったら?と言うと、成功していなかったと思います。

多くの人が成功していない理由、それはスイートスポットを知らないからです。

知っているか知らないかで知らない、ただそれだけが成功できていない理由だというわけなんです。

逆に成功している人は、大抵スイートスポットで成功しています。

これが、この世の真実なんです。

知っていましたでしょうか?努力したら成功できる、そんなわけないじゃないですか!
そうじゃなくて、スイートスポットを知っていれば成功できる、ただそれだけなんです。

石井さんのスイートスポットは、作家と起業家です。作家として本を書けば、ベストセラー作家になれます。そしてビジネスを起こせば、10億円は持つでしょう。

石井さんは、成功できない人じゃないんです。

ただ、アナウンサーが、スイートスポットじゃない、そうではなくて作家と起業家がスイートスポット、そういう人なんですよ、というふうに言われたんです。

そしてアナウンサーを辞めて、作家・起業家になっていったということなんです。

アナウンサー時代、絶望している中、そうか!俺は作家と起業家なんだ!というふうに希望を持って生きていくことができたんですね。

アナウンサーの仕事から帰って文章を書く練習をしたりとか、ビジネス書を読んで、起業するための勉強をしたりしていました。

そんな中、たまたま、中谷彰宏先生と神田昌典先生の対談テープがあるのを見つけて、ついでにこちらをクリックっていうふうに書いてあったので、神田先生の業績アップをするための非常識な7つの習慣というカセットテープを同時に買ってしまったんです。

そしたらまさに、神田昌典先生に、僕はハマっていったんです。

というのも、神田先生はビデオとテキストを5万円で販売する、それで年商が3億円で派遣社員2名のみという体制でやっていたんです。

これだと、これしかない、僕は起業はできないと思っていた。
でも神田昌典方式だったらいける、っていうふうに思ったんです。

ビデオはアナウンサーなので、いくらでもしゃべれるだろうと。
そしてテキストは作家志望なので書ける、神田先生は上智大学出身で、僕は慶応大学出身、神田先生は外務省出身で僕はアナウンサー出身、神田先生は経営についての話がメインだけれども僕アナウンサーなんでオールジャンルしゃべれると、神田先生と僕を比べたときに僕の方が才能は1/10しかないな、というふうに直感的に分かりました。

ですが、僕の方が10倍守備範囲が広いというふうに思ったんです。

神田先生も作家として本を出している、僕も作家として本を出したい、もうこれしかないなと完全に思いました。

それまでっていうのは、作家はありかなっていうふうに思ってたんですけれども起業家は無理じゃないかとラーメン屋さんを経営する自信はないし、何か店舗を立ち上げるそんなこともできないと思っていました。

そんな中、作家と起業家で成功しているという、神田昌典先生という人生のサンプルを見つけたことで、僕は希望を持ってたんです。

そしてアナウンサーを5年で辞めて、作家・起業家の道へと進みました。

ではその後は死にたい、と思わなかったのかと言うともちろん辛いことはいっぱいありました。

2008年にはココロ・プラネットというSNSで8,000万円の失敗をしまして借金2,000万円になりました。

その後は1分間英単語のアプリを作って、8,000万円無くなりました。

その他もろもろ詐欺にあったりして、2,000万から4,000万くらい無くなってます。

大体2億のマイナスはくらいましたね。

なんですが絶望か?と言われたらいやいや、アナウンサー時代に比べたら大したことがないな、というふうに思えています。

なぜその後に絶望のようなことがあっても、乗り越えることができたのかそれはスイートスポットを知っていたからです。

たとえ困っても、たとえどんなに絶望しても僕は作家と起業家なんで、本を書いてビジネスを立ち上げれば、何とかなるなというふうに思えたんです。

逆にそれだけしか僕の成功できる道ってないって分かってたからです。

人生は変えられる、そのことを伝えるために僕は頑張るんだと思って生きてきました。

にも関わらず、失敗だらけの人生です。

でもスイートスポットという、希望の光があるので僕は死なずに今でも生きてます。

僕は、あなたのスイートスポットが見つかるSFT講座という講座を、2005年から15年続けているんですけれども、これは昔、僕が絶望していた時代に希望の光が見えたということで、あなたにもお伝えしているんです。

希望があれば生きていけるよと思って開催している講座です。

あなたが絶望しているとしたら、それは今希望がないからです。

それだけが原因なのではないでしょうか。

逆に言えば、希望さえあればどんな辛いことがあっても、どんな逆境でも乗り越えていけると信じています。

僕もあなたに、希望の光を持ってもらいたいと思ってライブをやったり、YouTubeをやったりしていますので、あなたも是非、希望の光を持って生きていただければと思います。

今回は10月に自殺者が4割増、コロナでも死ぬな!石井貴士の自殺志願者時代を告白というテーマでお届けしました。

人生を変える3つのポイント

①絶望するから死を選ぶ、希望の光さえあれば人は死なない

②石井が死のうと思った瞬間は3回あった 死ぬエネルギーを生きるエネルギーに変えた考え方とは

③石井が自殺志願者時代だった5年間について話します。発作的に死にたいではなくて毎日、死にたいと思っていた時代はスイートスポット理論で乗り越えることができたということをお話ししました。

今回もご視聴ありがとうございました。

人生を変える学びがあったという方は、高評価とチャンネル登録、よろしくお願いいたします。

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